「もし織田信長が本能寺で死ななかったら、日本はどうなっていただろうか」「もし関ヶ原で西軍が勝っていたら、江戸幕府は成立しなかったのか」。歴史を語るとき、「もしも」は非常に魅力的な問いである。一方で、「歴史にもしもはない」という言葉もよく使われる。
確かに、起きなかった出来事を史実として語ることはできない。しかし、だからといって「もしも」を完全に排除すると、歴史上の出来事がなぜ起きたのかを考えることも難しくなる。
問題は、「もしも」を使うか使わないかではない。**どのような目的で、どこまで使うのか**である。
「歴史にもしもはない」は何を意味しているのか
「歴史にもしもはない」という言葉には、少なくとも二つの意味がある。
一つは単純である。過去に実際に起きた出来事は変更できない、という意味だ。
1582年、本能寺の変で織田信長が死去した。1600年、関ヶ原の戦いでは徳川家康を中心とする東軍が勝利した。1853年にはペリー艦隊が浦賀沖に現れた。
これらについて、
「信長は生き延びた」
「関ヶ原では西軍が勝った」
という出来事を、実際の歴史として扱うことはできない。この意味では確かに「歴史にもしもはない」。
しかし、もう一つの意味として、「起きなかった可能性について考えること自体が無意味だ」という主張まで含めるなら、話は違ってくる。
歴史上の人々は、未来を知りながら行動していたわけではない。彼らの前には複数の選択肢があり、その一つが選ばれた結果として、私たちの知る歴史が生まれた。
後世から結果だけを見ていると、実際に起きた出来事が最初から必然だったように感じやすい。しかし、それは結果を知っている側の錯覚である場合がある。
「もしも」は原因を調べる道具になる
歴史研究で重要なのは、「何が起きたか」だけではない。
「なぜ起きたのか」
という問いがある。
この原因を考えるとき、実は私たちは無意識に「もしも」を利用している。
たとえば、ある戦争について「経済的対立が主要な原因だった」と主張するとしよう。
この主張を検討するなら、
「もし経済的対立が弱かったとしても、その戦争は起きただろうか」
と考えることになる。
それでも戦争がほぼ確実に起きたと考えられるなら、経済的対立を決定的原因と呼ぶことには慎重になる必要がある。逆に、その要素を取り除くと戦争への道筋が大きく変わるなら、それは重要な原因だった可能性が高くなる。
つまり「もしも」は、単なる空想ではなく、**原因の重さを測る思考実験**として利用できる。
本能寺の変を例に考える
本能寺の変は、「もしも」が語られやすい事件の代表例である。
1582年当時、織田信長は近畿を中心に大きな勢力を築き、各地で戦争を続けていた。その途中で明智光秀の攻撃を受け、京都の本能寺で死亡した。
ここで、
「もし信長が死ななかったら、全国統一を完成させていただろうか」
という問いを立てることはできる。
ただし、ここから「信長なら必ず全国統一した」「徳川幕府は成立しなかった」と断定することはできない。
信長が生き延びても、毛利氏、上杉氏、北条氏などとの関係がどう展開したかは分からない。信長自身がその後どのような政治制度を作ったかも不明である。さらに、後継者問題や家臣団内部の対立など、新しい偶発事件が起こった可能性もある。
一方で、本能寺の変によって政治状況が大きく変わったことは史実から確認できる。
羽柴秀吉は中国地方から急速に軍を戻し、山崎の戦いで明智光秀を破った。その後、織田政権内部の主導権争いを経て勢力を拡大していく。
ここまでなら、「信長の死が秀吉の台頭を可能にした重要な条件の一つだった」と考えることには意味がある。
つまり有効な「もしも」とは、
「信長が生きていたら世界帝国を作っただろう」
という物語ではなく、
「信長の死がなければ、秀吉が同じ経路で権力を握ることは可能だったのか」
と問うことである。
後者は、実際の歴史の因果関係を考えるための問いになっている。
関ヶ原は「必然の勝利」だったのか
関ヶ原の戦いでも同じ問題が見える。
私たちは徳川家康が勝利し、その後に江戸幕府が成立したことを知っている。そのため、家康の勝利を当然の結果として捉えやすい。
しかし1600年の時点で、戦いの結末が後世の私たちにとって分かっているほど確定していたわけではない。
諸大名の行動、軍勢の配置、情報伝達、政治的交渉など、多数の条件が結果に影響した。
したがって、
「もし特定の大名が別の行動を取っていたら」
という問いそのものには意味がある。
ただし、「西軍が勝ったら現代日本はこうなっていた」と数百年後まで一直線に予測するのは難しい。
歴史は一つの条件を変更すると、その後の人々の判断も変化するからである。
関ヶ原の勝敗が変われば、その直後の領地再編が変わる。大名の勢力関係も変わる。それによって次の政治判断も変わる。その変化がさらに別の変化を生む。
時間が長くなるほど、不確実性は急速に大きくなる。
良い「もしも」と悪い「もしも」
歴史上の「もしも」は、すべて同じ価値を持つわけではない。
比較的有効なのは、実際に存在した選択肢や条件を一つ変えてみる方法である。
たとえば、
「この同盟が成立しなかった場合」
「この人物がその時点で死亡しなかった場合」
「この政策が採用されなかった場合」
などである。
そのときも、変更する条件はできるだけ少なくしたほうがよい。
逆に、
「戦国時代の武将が現代兵器を持っていたら」
といった問いは、歴史的因果関係の分析には使いにくい。技術体系だけでなく、生産力、物流、軍制、教育、社会制度まで大量の条件を同時に変更することになるからだ。
娯楽としては面白いが、史実の説明とは別物である。
重要なのは、**変更した条件以外について、どこまで史実に拘束されているか**である。
「もしも」を嫌う理由にも根拠がある
一方、「もしも」を警戒する立場にも十分な理由がある。
最大の問題は、検証できないことである。
信長が生き続けた世界も、関ヶ原で西軍が勝った世界も観察できない。史料が存在するのは、基本的には実際に起きた歴史についてである。
そのため、反実仮想を遠くまで進めるほど、史料より筆者の想像力に依存する割合が増えていく。
さらに、人間には「望ましい歴史」を作ってしまう傾向もある。
「この人物が生きていれば日本はもっと良くなった」
「この政策さえなければ悲劇は起きなかった」
といった議論は魅力的だが、実際の社会には多数の利害関係と制約が存在する。一人の人物や一つの政策だけを変えればすべてが解決した、と考えるのは単純化になりやすい。
「もしも」は歴史を理解する道具にもなるが、歴史を自分の願望に合わせて作り替える道具にもなり得る。
偶然と構造を見分けるための「もしも」
「もしも」が特に役立つのは、歴史における偶然と構造の関係を考えるときである。
たとえば、ある政権が崩壊したとする。
その原因が一人の指導者の判断だけだったのか。それとも財政、軍事制度、社会的不満、国際環境など複数の構造的問題が積み重なっていたのか。
そこで、
「もしその指導者が別の判断をしていたら」
と考える。
それでも同じような危機が起きそうなら、個人より構造の影響が大きかった可能性がある。
逆に、一つの偶発事件を除くだけで歴史の流れが大きく変わりそうなら、その事件の重要性を再評価する必要がある。
ただし、この方法で出せるのは確率的・比較的な判断であり、「別の世界では必ずこうなった」という証明ではない。
人物の評価にも「もしも」は必要になる
歴史上の人物を評価するときにも、「もしも」を完全に避けることは難しい。
ある政治家が戦争を回避したとする。その成果を評価するには、
「その人物が別の判断をしていれば戦争が起きる可能性はどの程度あったか」
を考えなければならない。
逆に、重大な失敗をした指導者を評価するときも、
「当時利用できた情報の範囲で、現実的な別の選択肢が存在したか」
を検討する必要がある。
結果だけ見て、
「失敗したのだから無能だった」
と判断するのは、後知恵になりかねない。
当時考えられた選択肢を復元するという意味で、「もしも」はむしろ人物を公平に評価するために役立つ場合がある。
どこからが歴史で、どこからが物語なのか
境界は必ずしも明確ではない。
たとえば、「別の政策を取る可能性があった」という判断には、会議記録、書簡、日記、政策案などの史料を利用できる場合がある。
ここまでは比較的歴史研究に近い。
しかし、
「その政策なら10年後に経済が発展し、さらに30年後には別の戦争も起きなかった」
となると、推測の連鎖が長くなる。
最初の一歩には史料上の根拠があっても、推論を積み重ねるほど確実性は低下する。
したがって「もしも」を考えるときには、
**史料で確認できる事実**
**事実から比較的強く推測できること**
**可能性として考えられること**
**ほとんど創作に近いこと**
を区別する必要がある。
この区別を明示するなら、反実仮想は歴史理解を深める道具になる。
歴史に「もしも」は必要なのか
結局のところ、「歴史にもしもは必要か」という問いへの答えは、目的によって変わる。
過去に実際に何が起きたのかを確定するためには、「もしも」は必要ない。必要なのは史料である。
しかし、
「なぜその出来事が起きたのか」
「どの要因が重要だったのか」
「その結果はどの程度必然だったのか」
「当時の人々にはどのような選択肢があったのか」
を考えるなら、「もしも」は有力な道具になる。
ただし、その価値は未来を言い当てることにはない。
むしろ「この出来事は本当に避けられなかったのか」「この人物だけが歴史を動かしたのか」「別の選択肢は本当に存在しなかったのか」と問い直すことにある。
歴史に「もしも」はない。しかし、歴史を理解するためには「もしも」が必要になることがある。
一見すると矛盾しているようだが、この二つは両立する。
起きなかった歴史を事実として語らないこと。そして、起きた歴史を必然だったと思い込まないこと。
その両方を守るなら、「もしも」は空想ではなく、歴史を見るための有効な思考道具になる。